扉をくぐった時、
俺は漸く全ての記憶を取り戻した気がする。
そこはゲームの世界と少々ことなっていたが、まぁ、仕方が無い。
俺は迷うことなく王座の間へ向かった。
父が居た。
転生することもせず、俺を待っていたという。
俺は最早魄を持たぬ魂。
転生など出来ないのだから、ずっとここに居るつもりだ。
ここへ縛り付けていたのは俺なのだ、だがもうその必要は無い、自由にしてほしい。
余りにも長く待たせてしまった父に侘び、母に礼を述べた。
それとは別に俺の敬愛した父はやはり俺の意表をつく。
行きたいところがあるのだろう?
会いたい人がいるのだろう?
俺は言葉に甘えすぐに向かった。
セト、アイシス、シモンは転生しているのを知っている。
マナがどうなったのかは解らないが、
マハードは俺が冥界へ来ると一緒に着ただろうから、恐らく居るとおもうが、
今はどうでもよかった。
すまない、マハード。
現世に戻った時はさっぱり覚えてなど居なかったのに、
不思議だ、手に取るように解る。
王宮を出てから二つ目の門の先、大通りの2番目の角を左に曲がる。
街は少々閑散としていたが、転生しているものも多くいるせいだろう。
昼間に出るのは久しぶりだ。
次の角を右に曲がると、露店が二つ。
何時もの主人が俺に何時もと同じ果実を出してくれた。
店主は何も言わないが、笑っていた。
その店の間を抜け2つ目の角を右に曲がると、その店がある。
昼間に来るのは初めてだった。
お待ちしておりましたよ。
女主が素の笑顔を見せ、何時もの場所で待っていますよ。と言う。
早速向かおうとすると、
昼間から酒を飲んでいた男に絡まれた。
俺はその男を知っている。
俺が殺した男だ。
そう簡単に忘れられちゃあ困るもんだ。喧嘩越しの態度に、一緒に飲んでいた男が焦った。
そうだな、と俺は受入れざるをえない。
全てを信じていなかった俺は、人が死ぬことをなんとも思っていなかった。
煩い人間はさっさと死ねばいい、とそう思っていた。
だが、今は違うのだ。
なんだぁ王様、態度がちげえなぁ、肩透かしを食らった男は変な顔をする。
3000年も経てば性格だって変わるだろう。
適当な説明なのに、男は酒が入っているせいか納得している。
あんた、前の方が威張ってたけど、今のほうが威厳があるぜ。
その言葉が妙に心に刺さった。
以前の俺であれば“あんた”の時点で殺していたが、
そんな些細なこと、気にする必要もないんだ。
俺は適当に切り上げ、部屋へ向かう。
これ以上待たせるわけには行かないだろう?
何時ものようにノックをするが。
返事は無い。
夜商売なのだ、昼間は寝ていてもおかしくは無いだろう。
ドア代わりの布をくぐって、部屋を見渡す。
天蓋があったほうが趣があっていい、とワガママをいって作られた安っぽい天蓋の下、
やはり眠っている。
夜しか来たことが無いから、昼間これだけ明るいとは思っていなかった。
天蓋が強い日差しを優しく遮り、
寝台は白く輝いている。
お前が寝るにはふさわしい。
歩み寄り、そっと触れる。
やはりお前だったのか。
道理で似ているはずだ。
紫の瞳が開かれて、俺を捕らえる。
何も話していないのに、まるで全てを理解したかのような暖かな表情。
寝台に座り、ゆっくりと身体を起こす女を支えると、
女は俺に寄り添って温もりを、魂の温かさを感じようと白く細い腕で俺を捕らえた。
同時に女の温もりが伝わってきた。
もう一度目がかち合う。
俺が口を開くよりも早く言うのだ、
何時もの笑みをたたえたまま。
「ファラオ、私も愛しています。」
先に言われてしまっては、俺もだというほかない。
優しく抱きしめると、より一層愛おしくなる。
だいぶ、待たせたな。
“だいぶ”・・・余りに保身的な言い方だな。
3000年も経ったというのに。
「不安なことなどありません。
言ったでしょう?
待っていると。」
そうやってお前はいつも俺を受入れてくれた。
俺はそれにどう答えれば良いというのだ?
「現世はどうでしたか?」
そうか、お前は
俺に器、魄を譲ったために転生も出来ないままずっとここに居たのか。
「3000年は余りにも長かったな、すまない。」
「いえ、私が余りにも罪深いために身体の転生が遅れてしまったのです。」
罪などないのに何故謝るのか。
まるで、
本当に、
相棒によく似ている。
「お前やはり相棒によく似ている。いや、相棒が似たのだろうけれどな。」
「あいぼう?」
「ああ。お前の器に、俺がで会うまで居た魂。その人。冥界へ送ってくれた人。
お前の器には、どうやらお前ににた性格にやつが入っているらしいな。」
「似ていますか?」
「人に優しくて、自己犠牲を厭わないところ、名前に至っては同じだ。」
そう、お前が聞くのなら、現世の話をしようか。
「セトにも会った。」
「セト様に?」
「ああ。社会的に能力的には確かに実力があるのだろうが、相変わらず俺とはそりの合わないやつだった。」
変わっていませんね?
そう笑っているが、
俺はどうか、俺は変わったか?
「変わっていません。少しばかり外側が変わったかもしれませんが、相変わらずお優しいです。」
俺を優しいなどといったのはお前くらいなものだ。
「現世は、楽しかったですか?」
「楽しくなかったといえば、相棒に怒られそうだ。」
それを聞いて、私は答えが出ました。
3000年、考えていたんです。
私は、まるで死神のようだと。
あなたに自由になって欲しかった、のは事実です。
ですが、それ以上に私はあなたに会いたかった。
だから、器を用意したんです。
貴方が早く現世で成すべきことを終え、
冥界へ、私のところへ来てくれることを、心の奥ひっそりと、しかし強かに願っていました。
その意思の強かさは、貴方の相棒へと伝わって、
彼を使命へと駆り立てた。
私が浅ましくなければ、
きっと貴方はずっと現世に居られたのでしょう。
貴方を冥界へ誘った私は死神。
「それはどうかな。」
自虐的な言葉は似合わないと感じた。
そして俺は後悔していないのだから。
「たとえそうだとしたら、
なんと愛らしい死神だな。
愛しい人の下へつれてきてくれたのだから。」
「やはり、貴方は優しい人ですね。」
お前のおかげでこうなったのだ、無論相棒を含めて。
俺はふと持ってきた果実を思い出し、差し出した。
彼女は何時ものようにそれを食べる許可を得てから、小さな口でかぶりつく。
甘い果汁が溢れ、彼女の白い顎を伝って胸元へ落ちた。
その妖艶に濡れた唇を嘗めあげて、貪った。
漏れる声が誘う。
食べかけの果実は机に置いて、女を優しく押し倒す。
何度も唇を奪い、刺激する。
だが、彼女はどうしても話がしたいのか?
「ファラオ、お話を聞かせてください。」
「ユウギ、俺達にはこれから、俺がお前を待たせたよりももっと長い時間が有る。」
だから、そんなに焦らないでくれ。
3000年、6000年、いやそれよりも永い時がある。
1時間や2時間で語れるような物語ではない、
もっとゆっくり時間をかけてお前に聞かせたい。
兎に角今は、再び出会えたことを肌で感じていたい。
「最後にあった日のことを覚えているか?」
ユウギは思い出し、顔を染めて頷く。
今度は、子をなすためではなく、愛ゆえに抱きたいのだ。
ワガママを、やはりお前は聞いてくれる。
お前は笑い、
俺は感じる。
ここへ来るのが俺の使命だったのだ、と。
彼女の白い手を取ると、
指にはいつか俺が果物屋の主人に渡した指輪がされていた。
誰がどんな想いで彼女の元へ届けたのか解らない、ただ、わかることは
知らぬ間に多くのものが錯綜したのだろうということ。
俺はそれを左手に嵌めかえて、ユウギは不思議そうな顔をしていたが、それを見なかったことにしておく。
呼吸を一つにして、
鼓動も一つにして、
ゆっくりと溶けていく。
二度と別れぬために
誰にも分けられぬ様に。
完
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Gold Moon & Silver Sun
(08.02.13)AL41