追っ手が来る。
それまでに見つけなきゃいけない。

膝は笑っていたが、たどり着ければそれでいいのだ。
今は使い捨ての身体なのだ。

不思議なことに一度も迷わなかった。
まるで誰かが誘うように恐らく最短距離を進んでいた。

扉。
触れようとすると勝手にあいた。

階段の周囲には兵士の像が並べられていた。
本能が囁くのだ、
そこにいる、と。
王の前では、如何に死者であれ無礼は許されない。
女は衣服を整え、ゆっくりと階段を上った。

上りきったところに見えた、


箱。


あの中に眠っているのだ。
愛する人が。
抑えていた気持ちが更に広がって、思わず涙がこぼれそうになるが、
今はもうあの王を愛し、愛されたユウギではないのだ。

「ファラオ」

名も無きファラオ。
あなたがいま持っていないのは、名だけではないのだ。

そっと箱にふれ、フタを取った。
砕かれた千年錐が無造作に入れられていた。
箱は丁寧な細工を施されたものであったが、
持ってきた箱に入れ替えた。
既存のものより小さいが、この身が用意した器。

これで王が眠るための器は整った。
あとは、

「見つけたぞ!」

階段の下から声が聞こえる。



時は、来た。



女は自らのカーを呼び出した、
弱弱しい、戦いに不向きのカー。

結果の見えている召喚と負わせてしまった使命に謝罪の気持ちが強くなる。

「ごめんね?」

「クリー。」

カーは主の心を理解したのか切なげな声で鳴いて、
非力ながらやってくる相手に立ち向かう。

だがその前にさっきは動きもしなかった像が勝手に動き出し、
追っ手を足止めした。

追っ手は徐々に増え、互いの身を支え合い動き出した兵士を掻い潜りながらやってくる。


「貴様!一体何の為に侵入をした!」


女は低い声で、しかし次第にけたたましい声で嗤った。
見た目の幼さに反したケタケタという気味の悪い声に兵士は思わず戦慄した。
ひとしきり笑った後、やはり不釣合いな声で答えるのだ、
「復讐」と。

「ふ、復讐!?」

「なぁんてね。別に?
私は盗賊、墓荒らし。墓があれば、墓を荒らすものもいる。当然でしょう?」

精一杯演じた。
だが、嘘ではないのだ、本当に私は最後の生き残り。
子が宿らなかったのは、この盗賊血がそうさせたのだろう。

いや、このサダメの為にだと今は信じたかったが。

「さぁ、殺せるのなら殺しなさいよ?この弱弱しいカーさえ殺せないあんた等に私が殺せる?」

ごめんね、おねがいね?

カーは知っている。主が如何に優しい人間であるのかを。
だからこそこの全てを捧げよう。

カーはみるみるうちに増殖をし、追っ手の行く手を阻み、
主の姿を隠した。

「こんなものすぐに消し去ってやれ!」

兵士たちは必死になってカーを攻撃した。
倒しても倒してもカーは増える。
しかし、その分女のバーは減っていくのだ。
兵士とてそのくらいはわかっている。
カーの増殖率は下がっていった、つまり女は確実に弱っていった。

足は既に力を失っていたが、次第に身体を起こしていることも辛くなる。
その場に座り込み、なお、王の柩を抱きしめていた。
これが責務なのだ、サダメなのだ。





俺が駆けつけたとき、既にカーは減る一方だった。
それがユウギのカーだと知らなかったが何故か解った。

ああ、あの人が死に抱かれていく。

「止めろ!武器を下ろせ!」

殺してなるものか!
王が守った命を、殺してどうなるというのだ!

止めろ、としか言葉が出ない。
だがそれを喉から血が出そうなほどに叫んで、
俺は兎に角駆け寄った。
最前列の兵士の下に近づいた時、
あれだけいたカーはすでに1体になっており、
白衣を纏った美しい女がそこに崩れ落ちているのが見えた。
駆け寄ろうとすると忠実な兵士が路を遮った。

「しかし、セト様、コイツは盗賊の」
「黙れ!貴様にコイツなどと呼ぶ資格は無い!」

兵士は唖然とし、強引にどかすと力なく従った。

「ユウギ!!!」

風前の灯、それは正しくこのことだった。
息遣いすら聞こえない。
軽い身体を支え起こして、何度も名を呼び意識を確かめる。

「セ・・・ト・・・様・・・?」

ああ、いつもの人だ。

「ユウギ、何故、こんな事を・・・。」

「サダメ・・・ですから・・・。」

肩で息をする力も無いのか、声は口から零れた瞬間に空気へ溶けていってしまう。
「サダメ・・・だと?」

「ファラオ、人は、器無しでは、現世に、帰れません・・・。

哀れな、王は、その身体さえ失い、冥界へも・・・許されて、ません・・・。

名も無きファラオ・・・あの方が、冥界へ行くためには、彼をしばる、全ての鎖を、
断ち・・・切らなければ、なりません・・・。

そのためには、器が、魂の・・・器が、なければ、ならないの・・・。」

器があれば現世に戻れる。
そして全ての鎖を断ち切って、漸く冥界で新しい日々をはじめられる。
王位に縛られない日々が。

私は女です、盗賊の血を持つ下賎な身です。
ですが、一度は愛し合った身、子を宿そうとした身。
こんな身体でよければ、こんな器でよければ、私の身体をお使いください。

王家の業を背負ってなお、父を憎まず、
小さな幸せだけを望みながら、死んでいった王。

託された一つの願いさえ叶えられなかった私にできるのは、それしかないのです。


「お前が死んで、悲しむのは王であろう!?」
問に答えなかった。

俺の言葉は無力なのだ。
所詮お前でなく、お前を通して違う人を見ていた俺の言葉など、心には届かない。

では、俺は何も出来ないままでいろと言うのか?

できること?
ああ、俺はあの商人の願いを今度こそ叶えよう。

拾った指輪を渡した。
女は不思議そうに見つめるだけだが、
「これはお前のものだ。受け取っていいのはお前だけなのだ。」
冥土の土産に持ってゆけ。

彼女は最後に笑う。

このまま王宮へつれてゆけばまだ命はあるだろう。
だが、そんな事をしてしまえば、
彼女は一生笑わない。

目を瞑り、死の時を待つ女と何も出来なかった情け無い俺を
最後の1体になったカーは見ていた。

「お前を殺せばいいのだな。」
「クリー・・・。」

お前の死はこの人の死。

俺にできることは、彼女の望みをかなえることだけなのだ。

咆哮と共に白龍が姿を見せると、兵士たちは驚き歓喜の声をあげる。

「キサラ、哀れんでやってくれ。」

俺たちよりも哀れなのだ。
傍にいられぬサダメだった2人。

2人が出会う方法は一つ。
冥界での再会だけなのだ。

そのためには器が必要だったのだ。

白龍は悲哀を含んだ声で鳴いてから、
最後の1体になったカーを攻撃した。
カーは嫌がる素振りもなく、ただ消え去っていった。


命が絶えた。
美しい炎が消えた。


如何に燃え盛る命の如き髪を持っていても、
いや、持っていた二人が、こんなに短命で薄幸であったとは。

今はただ祈るしかなかったのだ。
女の魄が王の魂と出会うことを。












   ―ボクの使命なんだ。キミの記憶を取り戻すことが―














←前の回(05)  →最終回(07)


---------------------------------------


背景素材:Gold Moon & Silver Sun


(08.02.13)AL41