店は基本的には酒場で、
一段高い場所でほぼ裸の女が踊っていたが、
男たちは女に勺をさせて酔っていた。
入り口で仕切ってる女は俺を見て、すぐに王宮の人間だと気づいたらしかった。
だが、これと言って驚くこともない。
「ああ、先王様と同じですか?」
問いただすと、商人が言っていたように、先王は毎度同じ女の元を指名したという。
俺がその人に会いたいといえば、少々嫌な顔をしつつ
なにかを給仕に命じてから、「店の一番奥の部屋に待たせておくよ。」という。
店の奥?
店は、酒を売っていたが女も同時に売っているらしい。
なるほど、確かに娼館といえる。
俺は、恐らく既に楽しんでいるだろう部屋の前を通り過ぎ、
最奥の部屋へと向かった。
俺が入る前に、さっきの給仕が部屋から出てきて、
支度にもう一寸時間がかかるから部屋で待っていてくださいと言って去った。
あの仕切っていた女にとっても、給仕にとっても、
俺は王ではなく、女を買いに来たほかの客と同じなのだと思う。
すると妙な緊張と一緒に、相容れない安堵が襲ってきた。
とりあえず部屋にはいると、そこは本当に小さな部屋で、
身を重ねて寝る為の寝台に、小さな机、2人掛けの椅子が雑然と置かれていた。
どれをとっても、民家にありそうなものばかりで、
ここで王が一夜を過ごしていたとは思えない。
寝台には一応天蓋があったが、間に合わせで作られたのは見て取れた。
「失礼します・・・。」
はっとして出入り口に目をやると
ドア代わりにかけられている布が僅かにめくれて、女の顔が見えた。
唖然とした。
やってきた女は、女と言うよりも少女で、
いや、それよりも驚いたのは、先王に髪型が似ていたことだった。
驚いている俺を他所に、
少女は持ってきた盆を机に置いて、座ってください、と言った。
怯えているように見える。
そして俺は立ったままだった。
「お前は・・・」
「セト様、ですね?」
思わず隠していた匕首に意識が向かう。
「何故、俺のことを知っている?」
「ファラオ、いえ、先王からお聞きしていましたから。」
そういって笑った。
ここで前言撤回しなければならない。
似ているには似ているのだが、
これは全然違う。
2人は絶対的に違う存在だ、と。
「お前は・・・誰なんだ?」
当然の質問だというのに、
女は、初めてお会いした時に、先王が仰った事と全く同じだ、と笑う。
「先王は街中で私をご覧になり、髪型が余りににていたので、興味をもたれたそうです。」
王の髪は、まるで燃えさかる命を形にしたようだなどと形容され、
また太陽のようだなどとも言われていたために
王としての期待が高かったという。
その髪型と同じでは、王自身が気になるのも当然だった。
とりあえず俺は質素な椅子に腰をかける。
少女はその隣に座った。
「名前は?」
「ユウギです。」
「ユウギ?不思議な名だな。」
「ふふ、それも仰られました。」
「・・・。」
暴君と呼ばれた王が、こんな女のところに通っていたというのか。
別人ではないのか?
思わず疑う。
とっさにさっき受け取った果実を見せようと思った。
いつも貰っていたもので、いつも同じで、
小さな口に丁度いい、お気に入りのはずの果実。
「これを。」
そう少々不自然だったが差し出すと、
僅かにこわばっていた表情が和らぎ、
頂いても良いのですか?と断って受け取った。
「あの方もいらっしゃる時はいつもこれを下さいました。」
懐かしい・・・と呟きながら
まるで愛するものを愛でる様な目でそれを見つめている。
やはり、この女なのだろうか。
果物を食べることなく両手でそっと包んだまま、
此方を見て問う。
「セト様・・・私に、何か?」
「ああ。俺はいま先王に関する情報を集めている。」
「王宮のお仕事ですか?」
「個人の願望だ。」
よかった。彼女は確かにそういった。
「何故だ?」
「先王のことを、多くのものが暴君と呼びます。
少なくともここの店ではそういったことはありませんが・・・。
ですから、誰かが先王を信じていることが、嬉しいのです。」
「お前は、信じて居ないのか?」
「信じています。ただ、私が一人信じていても、歴史には暴君としてしか残らないから・・・。」
『彼女が最も王を愛した人なのだ』
商人の言葉がよみがえる。
「お前は、先王に関してどれだけ知っている?」
問われてユウギは胸に手を当てて、目を瞑り過去を手繰る。
それから目を開けるときは、甘い笑顔になっているのだ。
「私の知る王は不器用で乱暴で、人が苦手な方でした。
ただ、優しい方でした。」
王を語る女の声は、
何よりも優しかった。
最初は、この髪型が気になったからだった。
見つけ出し、そして問い詰めた。
家族ではないのか?お前は一体誰なのだ?
不思議だが、全く血は繋がっていなかった。
単なる偶然、見つけてしまったのも偶然。
出会いだけは運命であったか。
ユウギは買われた子だった。
肌の白い娘は好まれず、忌まれた。だから安かった。
育ててみれば踊りも出来なければ、男を誘うことも出来ない不器用な娘だったが、
真面目で可愛らしい娘だったから、店主は我が子のように大切にしていた。
ユウギは自分を大切にしてくれている店主の為に、疎まれつつも裏方で仕事をした。
すると毎日通ってくる客も次第にその白い肌になれ、
真面目に、時にドジをするユウギを見守っていた。
ある意味看板娘だった。
そして、王と出会う。
客は恐れ、無論店主も恐れた。何せ相手は暴君。
幾ら王という身分を隠してのお忍びといえど、
ユウギがドジり、機嫌を損ねたなどということになっては、殺されかねない。
優しく可愛いだけの、失敗さえ愛嬌になる少女が、そう簡単に殺されてしまうなど。
だが、そんな不安は杞憂であった。
他人と弾きあっていた王の心を包み込んだのはユウギだけだった。
王がユウギに会いに来る頻度は日ごと増し、
店にもあの商人同様に前金を払っていたという。
前金と言いつつ、王は店にもしものことが起こった場合、
ユウギを売らずとも何とか立て直せるように、という意図があったのだろう。
「先王は私に会いにきても、大体愚痴を言って、お酒をお飲みになられるだけでした。
それは、私に自由な時間を下さるためでした。私は給仕をしていて、休みなど余りなかったのです。
別に強制ではなかったのですが、余りにも多大な恩に対して私には労働力しか返す手段がなかったのです。
さらに私が男性に抱かれることに慣れていないことをお知りになって、
毎夜私のところにいらしては、何もせずにお帰りになりました。」
一晩を除いて。
「一晩?」
娼婦に営みを聞くのは好ましくないのだろうか。
ユウギは顔を真っ赤にして、
お話、した方がいいのでしょうか?と問う。
できることならば。
知りたいと思った。
あの王が女を抱く理由。
ここまでの話は、俺の想像を超えるものだった。
信じられないほどで、この店とあの商人が計った壮大な作り話の気さえしてしまう。
だが、話を信じるとするのならば、
あの王が、ここまで一人の女を愛したのは、
それは、男として、ではなく人として、なのか?
暴君という呼び名は本人さえ耳にしていただろう。
あの人のことだ、それさえも笑って聞き逃しただろうが、
如何に暴君であろうと人間を愛していたことを、この女で確かめていたのだろうか。
ユウギは漸く心の準備が出来たらしい。
ただ、一言言った。
「私は、王と約束をしました。
たとえ何があっても、私はそれを破りたくありません。
約束は絆、王と私の間に残るもの、それを打ち壊そうとするのが、
たとえ神の子たる王、貴方であって、貴方が如何に私に命じようとも。」
貴方を信用してもいいですか?
そういう目は強かった。
紫の瞳は俺を睨んでいた。
「解った。」
了解すれば微笑んだ。
そして、語りだす。
「最期の一晩・・・。
あの時の先王は少し様子が違って、まるで貪るように私を抱かれました。
元から客を取っていない私にとっては久しぶりのことで、
でも私が幾ら痛いといっても、すまないと言うだけでおやめにはなりませんでした。」
彼女の声は確かだった。
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