Ep.2-04
トイレを出たのはいいものの、
叫び声と怒号ににた教師の声に
度胸があるほうの杏子でも流石に悪寒が走った。
トイレと教室はだいぶ距離がある。
恐る恐る廊下を覗き込むと、すっかりだれも居なくなっていて、
廊下には十数枚であろうタイルが一帯に砕け散っており、
そのまま天井を見上げれば、まばらに穴が開いていた。
よく見ると、床には赤いものが見える。
「血・・・?」
夏なのに体感温度は10℃以下だ。
鳥肌は容赦なくたっている。
「何で、こんなときに限って誰も居ないわけ?」
近くの教室に駆け込めばいいのだが、
なにやら硬く閉ざされていそうだし・・・
思い切って行けばいいだけの話なのだが、
不安すぎる。
「あああああ、もう、どうしよう・・・。
誰かが出てくるのを待てばいいのかな・・・。
職員室に行ってた先生が戻ってくるはずだし・・・。
でも、遊戯は暫く来ないっていってたよね・・・。」
ガクガクと膝が嗤う。
だが、この状況から脱却するには、教室に戻ることだ。
そう思い、気を引き締めなおして廊下を覗き込む。
今だ、行くしかない。
そう駆け出そうとすると、急に後ろから何者かが腕を引っ張った。
状態が状態なだけに、よからぬものを想像し、
悲鳴を上げ座り込むと、眼前に天井のタイルが落ちてきた。
「杏子、大丈夫か?」
「あ、アテム?」
杏子の腕を掴んだままのアテムは
廊下に見当たらないから探し回ったぜ、と何事も無いようないい振りである。
もし、腕を引っ張られていなかったら、
恐らくこの目の前のタイルが直撃してきて・・・
廊下にあるあの血が物語るようなことになっていたかもしれないのだ。
杏子はあの最初の冷淡な印象をあっさり捨てた。
「アテム、一体何が起きたの?」
「見たままだ。タイルが落ちてきて、一つが人の頭に直撃したらしい。」
「あんなに?」
「ああ。まぁ、自然現象じゃないからな、不思議なのは仕方が無い。」
それが恐ろしいと言っている。
とりあえず教室へ戻りたい。
「アテムは教室に戻るの?」
「ああ、気になるものに遭遇したし、相棒が心配だ。ただ、
帰るのは一寸遅れそうだぜ。」
アテムはすぐに構えた。
なにやら表情が生き生きとしているが、
端麗な顔を観察している場合ではなかった。
ゴトッ、ボロッという音と共に、
廊下の遠方で再びタイルがはがれ始めた。
「アテム・・・!!!」
「杏子、俺の後ろに居てくれ。」
「え?」
言われたとおりに後ろへ下がって、
座り込んだ。
正直に言えば腰が抜けて立てなかったのだが。
アテムはそれを横目で確認すると、結界を張る。
「臨、兵、闘、者、皆、陣、列、在、前。」
さっき教室でコクラノが言っていたもの、九字といったか、あれと同じだが、
右手の指2本で空を切っただけだった。
なのに、
アテムの足元から、
杏子の座り込む場所までをすっかり覆いつくす真っ黒な文様が浮かび上がった。
魔方陣とでもいうのだろうか・・・
しかし、感心している場合でも無い。
横からそっと前方を覗き込むと、唖然とした。
自分にそんな力はあっただろうか。
廊下の一番向こうに、
真っ黒の禍禍しい何かがうごめくのが見えた。
それもでかい。
突き当たりの教室のドアが完全に覆われていた。
「何、あれ・・・。」
「蜘蛛の形を取っているが、呪いみたいなものだ。」
「呪い・・・?」
問い返しても返答は無い。集中しているらしいが、
再びその蜘蛛の形をした物に目を向けると、どうやら此方に気づいているらしい、
真っ赤な目を不気味に光らせて、此方へゆっくりと歩み寄ってくる。
「く、来るよ・・・?」
「ああ。」
蜘蛛がタイルの近くによると、タイルは一人出に浮かび上がり、
なんと此方へ向かって飛び掛ってきた。
思わず目を閉じ塞ぎこむが、
タイルの崩れる音が聞こえるだけで、何も感じなかった。
自分の代わりにアテムにぶつかったのではないかと見上げるが、
アテムは不適に微笑んでいるだけで、何も変わらなかった。
男の数センチ先に、タイルが更に細かくなって落ちていた。
「そんなんじゃ、俺には届かないぜ?」
男は挑発する。
蜘蛛はそれを受ける。
どうするというのか・・・
杏子の嫌な予感は完全に的中した。
蜘蛛は反動をつけ、ぶわっと糸をこちらに向けて吐き出してきた。
今度こそ見て居れずまた頭を抱える。
顔をあげた時それが振り払われていることを願って。
だが、今度は外れた。
糸は見事にアテムの腕を捕らえていた。
「アテム!!」
「問題ない。」
「でも、」
「俺の傍を離れるな。」
それだけ言い捨てると一歩魔方陣から踏み出て、
腕に絡まった糸を全身を使い引き寄せた。
不意を突かれたのか蜘蛛は何の対応も出来ないままアテムに引っ張られる形となり、
要は、
蜘蛛がこちらに向かって飛んできたのだった。
タイルとは比べ物にならない大きさ。
杏子は今度こそ終わると思った。怯えた。
恐怖の心は、呪を強くする。
「俺を、信じろ。」
はっとして杏子は思わず顔をあげた。
すぐそこまで蜘蛛は引き寄せられていた。
杏子はそのときのアテムの顔をはっきりと見たわけではない。
ただ、蜘蛛の眼球に映ったアテムの顔は、
今日みたどの顔よりも生き生きとしていて、楽しそうだった。
「貴様ごとき、指二本で切り落としてやるぜ。」
聞き取れたその声もまた、楽しそうだった。
そしてあの超自然的な力と現象を信じなければならない。
アテムは本当に、あの九字を切った指で、
飛んでくる反動を利用して蜘蛛を真っ二つに切り裂いてしまった。
切れた断面からは真っ黒なモヤのようなものがあふれ出て、
女の断末魔が廊下に響いたのを間違いなく見聞きしまったのだ。
断末魔が消えると、アテムは魔方陣を消す。
余りに突然の怪異に見舞われた杏子は、全てを夢にしておきたかったが、
「もう、大丈夫だぜ、杏子。」
そういった声と、同時に差し伸べられた手と、自分を引っ張り起こしてくれた力強さと、
そのときの温もりと、
何より、優しい笑みを
夢にすることなど出来ない。
「あ、ありがとう。」
「どうせ、処分しなきゃいけないものだったからな。」
それ以降のアテムはそっけない素振りだったが、
16歳のうら若い乙女が恋に落ちるのは十分である。
「相棒の方も心配だ。さっさと戻ろうぜ。」
「あ、まってよ。」
先にさっさと教室へ戻ってしまう背中は、
自分より背丈が小さいのに大きく見えた。
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