*割と平和。





あなたが生きる理由はなんですか?


唯我論者の誤謬 -6.同床異夢-






黙っていた。

話したい内容など無かったし、
華の様に笑う少年の顔に影がある、それだけで車内の様子は変わっていた。
瀬人にしたって、流石に自分の所有物が燃えたとなると、ただ愉しい気分ではなかった。
一方運転手も何かを考えているようで、必要最低限な会話だけがそこにあった。
正確に言えば、それ以上のものは必要ではなかったのだ。

思えば楽しくおしゃべりをする間柄ではない。
契約で成り立ったこの間には、余談など必要ではない。

連絡を受けていた屋敷側では必要以上の人間が不安そうな顔で瀬人を待っていた。
怪我が無いことに安堵するもの、早く休むように促すものの姿がある。

瀬人は尊敬していた父と更にその城が灰になった哀れな次期社長を演じ、
ハイヤーは次の仕事の予定を確認するなり去っていった。

高級住宅街から離れると、運転手は車を停めてなにやら買出しに出て行ったが、
再び座席下に潜っていた遊戯は相変わらず笑うことなくそこで閉じこもっていた。


今日という日は余りに詰め込まれすぎた一日だ。


閉鎖的な娼館から爆発という形で開放された。
しかし彼にとってそれが本当の開放だったかといえばどうだろうか。
一重に肯定することは出来ないだろう。
開放というものが、自身の意思により生きることであるとするならば。

しかし、たとえそれが開放でなかったとしても、それを悲観する気は無かった。
何処に居ようが、誰に雇われようが、誰とともに行動しようが、
遊戯が決めたことはただ1つであり、
それは誰にも遮られない、何者にも侵害されないはずものであった。
とはいえ、何時奪われるか解らない決意を自分が守りきれるのかという不安はあった。
頼っていた柱の根元がぐらつくのと同じように、
遊戯の心は不安定になっていた。

だから遊戯が黙りこくっているのは、何も悲しみのせいではない。
ただ、心にゆとりが無くなってこれ以上の情報の前に、耐えられる自信が無かったからだ。

殻に閉じこもって身を守るのだ。

「遊戯。」

だが、丸まっていた遊戯に声をかけたのは、戻ってきたバクラだった。
その口調は別段変わらないものだったが、
「助手席座るか?つまんねぇだろ。」
その提案は、気遣う気持ち、ただそれ他ならぬものだった。
それに答えるために、大きく首を立てに振った。

小柄な遊戯には少し大きな助手席のシートだが、
初々しくシートベルトなどして、
開放された世界をみた。

周りは遊戯にも見慣れた、懐かしい世界に良く似ていた。
歓楽街ではない、金持ちのジオラマでもない、
人間の生活する町。

グルリと見回すと、バックミラー越し喫茶店が目に入った。

個人経営の小さな喫茶店、懐かしいそれは、
決意の故郷。

懐古によって溢れた感情は悲しみではなく、決意であった。
守り続けていた決意が、再度彼を奮い立たせる。強くさせる。

何にも負けない。

ぐら付いた根元がぐっと強固なものへ変わり、
曲がっていた背中がまっすぐに伸びる。

「ねぇ何処行くの?」
「今日のお仕事は終わり。帰るぜ?」
「バクラのおうち!?」
「おうち、っつーかまぁ・・・そうだな。」

先までの暗い空気が急に晴れたのに驚きながらも、
笑う遊戯に何処か気持ちが軽くなって、
ハンドルを握り、アクセルを踏む。

自宅へと向かった。





車が辿り着いたのは高級マンションの駐車場。

「すごいね!こんなところに住んでるんだ。」

車を降りて駐車場の天井を見回している。
別に凝った作りではないのだが、遊戯にとっては広すぎる空間だった。
1人3台は置けるのだ当然といえよう。

「何処からお部屋に行くの?」

そう興味津々にクルクルと周りを見渡していたのだが、
バクラが示したのは、柱の後ろの

「排水溝?」
「排水溝って・・・まぁ正確に言うとちょっと違ぇんだけど、そんなもんだ。」

少し大きめではあるが、それは確かに下水道である。

バクラはひょいっとそれを持ち上げると、下に下りるよう指示をだすので、
遊戯は着物を捲し上げてゆっくりと降りていった。
バクラも周りを確認してからそれに続き降りて、確りと蓋をしていった。

「思ったより広いんだね!」

水の周りには歩く場所があって、裾が汚れることはなさそうだ。
周りを見るが余り汚れていないし、異臭も無い。

「綺麗?」
「此処は川の分流だからな。そこそこじゃねぇの?」
「分流?」
「雨が降って水が溢れねぇように途中で分けてんだよ。まぁどうでもいいか。」

さっさと行くぜ?と先へ行く。

「迷路みたいだね。」

バクラの後ろを歩いているから迷わないが、1人だったら辿り着けないだろう。
同じようなT字路を何度も右へ左へと曲がっていく。
時折男の前を覗くようにしながら、ある種の冒険であった。

最中。
遠くから風が低い声で轟いた。

誘うような声に、寒さを覚える。
思わず前の黒いコートの裾を引っ張った。

「どうした?」
「怖い。」
「変なもんはでねぇよ。」

そうは言っても不安だったので、その裾は引っ張ったままだったが、
バクラは何の文句も言わなかった。

遊戯はこの男が良くわからない。

瀬人の方が解った。
遊戯が今まで接してきた人間と瀬人は同じ人種だったし、
瀬人が自分に何を求めているのか解った。
だが、この男は良くわからない。

―なぜボクを拾ったの?―

そう問えば良いのだが、何となく思うところ、
バクラもまた自分の顔に懐かしさを覚えたのではないかと思ったのだ。
それは自分にも言えることだった。
何故か恐怖を覚えない、不思議な感覚、
この感覚自体が、懐かしいように思う。
だがそれ以上言葉にできるものではなく、きっとバクラも伝えようの無い気持ちを、
この連れ出すという行為に表したのではないだろうか。

「(一緒に、いられれば良いな。)」

自分がバクラに何をすることができるのかわからない、だが、
遊戯にとって遊戯を知る数少ない人物だったからかもしれない。
いや、その時遊戯はその答えを見つけられなかった。
それが幸か不幸だったかは、後に考える問題であった。


暫く歩き続けると、バクラはピタリと止まる。

「ここ。」
「どこ?」
「ここ。」

理解できない遊戯の反応を楽しむように、バクラは繰り返した。
「何にも無いよ?」
「あるだろ?」
「何が?」

小動物のように首をかしげている少年に苦笑しながら、天を指差すと、
壁の梯子の丁度上に、人が1人通れる程度の四角い線がついている。

「すごいね!秘密基地みたい!」
「そいつは間違っちゃいねぇな。」

バクラがそれを押し開け、遊戯に先に昇らせた。
「昇ったらそこにいろよ。せいぜい頭をぶつけねぇようにな。」
「うん・・あっ!」
ゴツッ。
「バーカ。」
「だってぇ・・・。」

赤い着物が姿を隠したところで、バクラも周囲を念入りに調べた後で、さっさと上がっていった。


「ここは・・・?」
遊戯が上りきり、バクラが持っていた荷物を受け取ってから、
頭をさすりながら辺りを見回すと、背後には暖炉があった。
「あれ?ボク、此処から昇ってきた」
「さっさとどけや。俺が入れねぇだろ。」

慌ててどくと
バクラが暖炉から出てきた。

「え?」
「秘密基地に普通のドアがあるわけねぇだろ?」
「うん・・・。」

うわ言のような返事を聞きながら、男は“ドア”を確り戸締り確認し、
一度気持ち良さそうに伸びをしてから、遊戯の手から荷物を奪って、
緑の高そうなソファにどかりと座り込んだ。

遊戯は案の定部屋を見渡している。
コンクリートうちっぱなしの天井は高く、工業用の電球がぶら下がっている。
高いところに小さな窓が2つあるようだが、高すぎて良く見えない。
部屋の真ん中には接待用の低い机と、ソファが1つに長椅子が2つ。
事務用っぽい机の上にはテレビがのっている。
コンロもシンクもある。冷蔵庫と思しきものもあり、
廊下があるのも見えた。

人が生活するには充分そうである。
しかし薄暗いこの部屋は、寒く感じた。

「バクラの秘密基地?」
「仮の宿ってやつだけどな。元は海馬社長のもんだ。」
「社長さんの?」
「そ。おエライさんは色々あるんだとよ。」

ふーん、とまだ辺りを観察している少年を見て、今更ながら呆然と考えた。


何故、自分は遊戯を連れてきたのだろう、と。


はっきりいって荷物だ。
殺し屋家業が子連れだなんてドラマの見過ぎかと思われそうだが、
バクラは生憎ドラマなど風聞でしかしらない。
いずれにせよ、遊戯は荷物にしかならない。
経済的な面では全く問題は無かったのだが、

他者と共に居るということは、バクラの生き方に反するものだった。


「なぁ。お前、」
「なぁに?」

どこか浮ついた反応をしながらコチラに向けられた紫の瞳。

呼ばれたと思った遊戯はバクラの向かいにそっと座る。

「お前、どうする?」
「・・・。」
「別に俺はお前を拘束するつもりで拾ったわけじゃねぇから、
お前が好きなようにすりゃあいいんだが。
もう娼館に行く必要はねぇし、どっか行くんで金が必要ならくれてやるぜ。」

それは本来であれば出来過ぎた話だった。

しかし、そういうものではなかった。

「ボクは。」

一緒にいたいと思った。
だが、

どんなに頑張っても、その言葉は喉につっかえたまま、
姿を見せることはなかった。

「ボク、帰る場所はなし、行きたいところもないんだ。」

代わりに出た言葉は、答えとして差し障りが無いものだった。

「実家もねぇのか。」
「みんな煙になっちゃったから。」

顔色1つ変えずに、少年は告げる。
そうはいってもドラマの話をしているようでも、棒台詞でもない。
同情など一切受け付けない、そんな口調だった。

「そうか。まぁ、気が向くまでいりゃあいいさ。
海馬に頼めば、幾らでも居させてくれるだろ。
いざとなりゃあ・・・お前にその気があんなら、海馬のとこに行ったっていい。」
「うん。」

曖昧な指針を打ち出して、
互いの本音を言うことは避けられた。

「さぁてと・・・疲れたし、一眠りすっか。」
男は空気から逃げるように、立ち上がりまた伸びをする。
「寝るの?」
「ああ。あぁ、お前の寝るとこ忘れてたな。」
「ボクはまだ寝ないから、気にしないで。それよりさ、」


バクラは、寝られるの?


遊戯は色々な重役と肌を合わせ、時には眠った。
だが、彼らの幾人かは、どうしても寝ようとしなかった。
遊戯は不思議で問う。
何故眠らないのか、と。
すると、彼らは一様に答えるのだ。

「寝ている間に、誰かがキミを殺したりしないの?」

殺されることを恐れていた。

実際に目にしたわけではないが、バクラが人を殺めることで食べていることは
会話の中で気づいていた。
ならば余計に、恨まれたりしないのだろうか。
殺される心配は無いのだろうか。

まっすぐな瞳の前で、男もまた妙に真面目な顔をした。


「人を殺す人間が、殺されることを恐れると思ってるのか?」


彼が生きてきた中で得た1つの答えだ。
自分が殺す人間は、人に恨まれたり憎まれたりしてきた人間だ。
そんな人間の明日を奪うことを、なんでもなく殺ってきた。
対象となる当人は明日殺されるかもしれないと思いながら、憎まれたり恨まれたりすることを平然と行う。
殺される理由がわかっている。
つまり、殺される覚悟があるのだ。

それはバクラも同じだった。
人を殺すことで憎まれる自分が、明日生きられるなどと、甘えたことをいう理由が無い。
明日生きようと思うのなら、そんなことをしてはいけない。
殺される理由を自分で作っているのだ、
殺される覚悟があるのだ。

「俺は、明日なんてもんを持ってねぇ。
寝て、目が覚めたら今日があって、覚めなかったらそこで終わりだ。
だから明日の予定なんてもんは存在しないし、未来なんてもんは端からない。
寝ている間に殺されようが、無事に目が覚めようが、そんなもんどうでもいい。」


遊戯には理解できなかった。

それは彼が言いたいことではなく、彼がそれを受け入れること。
しかし1つ解ったことはあった。

「キミは・・・そうなんだね。
でも、ボクは、違うんだ。」

ゆっくりと話始める。

「ボクは、ボクの目的は、生きることだから。」

そのためには娼館で体を売ることも怖くはなかった。

「ボクは生きなきゃいけないんだ。何が何でも。
殺されてしまえば終わりだけど、ボクは最後まで抵抗する。」

強い生の力を帯びた瞳に、
馬鹿らしい、下らないと一蹴することは許されなかった。

「そうか。」


バクラもまた遊戯の生き方を
受け入れることは出来なかったが、理解した。

そして遊戯と同様に、もう1つ解ったのだ。



生き方の違う二人が、
永く一緒に居ることはできない、と。





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1、3〜6話、全部同じ日だとは思えません。
これからは一話=1日くらいになるかと思います。

最初に書いた時、遊戯の性格設定を真面目に考えていなかった上、
メモもしていないので、今となっても安定しません。口調面で。
メモって、大事ですね。

同床異夢、だなんて使ったのは初めてです。
辞書でテキトウな単語を漁っていたら出て来ただけです(正直に告白)


(08.12.02)AL41