Ep.3-02
持ちうる全ての手段を利用して、あの頂点を手に入れた。
何故そこまで自分が必死になっていたのか。
自分のため?
案外そうかもしれない。
たった一人の弟に望む生活を与えたいという、自分自身の為。
だが、独りよがりだったというのだろうか。
あんなに突然に、
必死になってアメリカでの仕事を片付けて、
ただ、安らかな寝顔だけで充分であったというのに、
それ以上を望んでなどいなかったのに、
―来るなよ、待ってんのはあんたじゃねぇよ!―
自分がいない間に一体何があったというのだ。
家政婦に聞いても、学級の担任に聞いても、磯野に聞いても、
何の情報すらない。
何を隠している様でもなかった。
では、それが、お前の本心だというのか・・・?
海馬は、自分の会社を眺めていた。
あれは城。
自分と弟の城。
アメリカでの仕事は上々だった。
2人で見ていた夢はすぐそこにあるというのに、
2人でそれを迎えることは出来ないというのか。
海馬の左手には、海馬の見ていた虚像の弟、
右手には弟の意思。
「海馬君は、それでいいの?」
突然声をかけられ、海馬は珍しく驚いた。
今朝突然階段で話しかけてきたオカルト人間がそこに立っていた。
不快だ。
「貴様に用は無い。」
「用があるのはボクの方だよ。」
外見などあんなに弱そうで、弟と同じ程度の身長なのに、
この眼だけは特別だ。
そして以前とは異なった強い言葉、声の調子。
「何の用だ。」
「前あったとき言ったことと同じなんだけど・・・。」
「言った?貴様が勝手に言ってきただけだったがな。」
「別にどう認識されててもいいんだ。」
今のこの人間には、どんな冷淡な言葉をかけても意味は無いらしい。
焼け石に水とでも言うべきか。
「キミが信じてる人は、キミを信じてるんだ。」
「そう言っていたな。」
「キミが信じなければ、誰が一番彼を信じてくれるの?
キミ達兄弟は、お互いが強い絆で結ばれてるんだ。それをキミが断っちゃいけないよ。」
「お前は、何を言っている・・・?」
意味がわからない、
いや、理解したくないのかもしれない。
こんな人間が自分に理解できない言葉を使うわけが無いのだ。
つまり、頭がその言葉を頑なに拒絶しているというだけのことだ。
「モクバ君っていうんでしょ?弟さん。」
何故、名前を知っている?
「キミは嫌いな話だと思うんだけど・・・そのオカルト的な・・・あの・・・。」
モクバの名など、調べればわかる。
オカルトなどではない!
「俺はオカルトなど信じん!」
「でも、それでもいいよ、ただボクの妄想だと思って聞いて欲しいんだ。」
「貴様の話を聞く義理などない!」
「聞いて貰うのが、ボクの用件だよ。」
俺に抵抗させない気だというのか?
こんな、弱そうな人間が・・・
「階段でぶつかった時にね、ボクが意識してないのに強い思念が流れ込んできたんだ。
強い意志がね。助けて欲しいっていう希望に導かれて、
助けたいっていう強い意志が、キミの中に疼いている。
でも、キミはそれを解決する手段が無いんだ。
それでもキミに訴え続ける。
それは、モクバ君が、キミを信じてるからなんだ。
きっと助けてくれるって、信じてるんだ。
そして、キミも、助けたいって思ってるんだ・・・強く。」
「貴様がオカルトにどれだけ浸透していようが俺には関係の無いことだ。
だが、貴様が非ィ科学的な力でもってそれを知ったとするなら、俺の問いに答えろ。
モクバは、何故俺に死ねと言った。
信じている人間に対し、消えろ、死ねなどいうものか!」
「ああ、普通ならいわないな。」
紅葉2号が嫌な顔をしながらそう言いつつ1号に歩み寄った。
「“普通”ならな。」
似た容姿を持っていながら二人は似ているようで似ていないと気づいた。
双方とも自分のいう事を何一つ聞く気がない。
そして何か強い意志を秘めている。
しかし、その意思の向かう先が違う。
使う言葉が違う、目つきが違う。
いや、それ以上に何かが違う。
後から来た口とガラの悪そうな男は、
最初の弱いやつとは違う意味で目障りだ。
命令するような口調で、まるで俺を見下すようで、
不快だ。
「貴様は、モクバが普通ではないとでも言う気か?
返答次第ではただでは済まさん。」
たった一人の家族、
たった一人の守りたい人。
侮辱など許すまい。
「今のモクバが普通で無い可能性があると言っている。
無論、キサマの嫌いなオカルトで考えた場合だがな。」
「またオカルトオカルトと、貴様らは何故そんなに俺に構う!」
激昂する。
不快極まりない。
非ィ科学的なことを羅列する上、
モクバのことを知ったような口で。
俺とモクバがどれだけの道を歩んできたかの何も知らない癖に、
絆だのなんだの、お前達に何が解る。
「ボクは、ただ、海馬君達が今までどおりの仲のいい兄弟に戻って欲しいだけなんだ。」
さっきとは声の調子が変わった。
それは激昂を宥めるような優しい声だった。
「ボクは、もう一人のボクと兄弟じゃないから海馬君ちとは違うけど、
でもね、もう一人のボクが死んでしまうのは嫌なんだ。
だから、モクバ君だってそう思うと思うんだ。
その、モクバ君が“普通”に戻った時、大切なお兄さんが死んでしまっていたら・・・。
ボクは、もう一人のボクが自分のせいで死んでしまっていたなんて解ったら、
それこそ正常ではいられないよ。」
「だが、死ねといったのはモクバだ。」
「海馬君、キミもある意味憑かれてるんだよ。
風邪みたいなもので、キミの心が弱ってるんだ。」
「俺が、弱る・・・?」
「弱ってるんだよ、だから、モクバ君の言葉に動揺してるんだ。
何時ものキミならきっと、こんなことをしようとは思わないはずだから。」
オカルトを信じたくない心と、
モクバを信じたい心が、相容れることなく、しかし分離しきらずに滾っていた。
「俺は相棒に死ねって言われても死なないぜ。」
「ふん、それは貴様にとって、」
言いかけてやめた。
得意げな顔をしているのは何故だ?
「俺は相棒のために生きてるわけじゃない。
俺は、相棒を守るために生きているんだ。
俺が死んだら、誰が相棒を守るんだ?
それは、貴様も同じだろ?」
俺は、モクバを守るために
「・・・ボクはキミにオカルトの力を信じて欲しいとは思ってない。
でも、この力がモクバ君の助けになるのなら・・・。」
コイツは、ホンモノの愚か者だ。
目に見えぬものばかりに心を奪われた愚か者だ
だが、弟を救えずにいる俺もまた愚者に過ぎん。
ならば、いいだろう
「遊戯といったな・・・貴様は充分モクバの状態を理解しているのではないか?
そのオカルトの力でな。」
「多少は。検討はついてるよ。
でも、キミがこの力を信じるのなら、ボクは説明しない。けど、
信じていないのなら教えてくれないかな・・・」
話さなければオカルトを信じたことになり、
信じていないのなら俺が説明しなければならない。
いずれにせよ、モクバの実態を教えることになるわけだ。
うまく仕組まれたか。
「俺にとってモクバは唯一の家族、俺がモクバを守らなければいけない、そう誓った。
遊戯、貴様は貴様の知る限りのモクバの状態を、そのオカルトの力で治せる自信はあるのか?」
即答だった。
「あるよ。」
度胸のある人間は、嫌いでは無い。
「良いだろう。説明してやる。モクバが、」
「待って、その前に、右手のそれをしまおうよ。」
右手には、銀のナイフが握り締められたままだった。
「キミが死ぬ必要はないでしょ?だって、キミはモクバ君を守るって決めてるんだからさ。」
遊戯は笑った。
はじめてみた。
此処まで温かく笑う人間を。
海馬はナイフの刃をしまい、自宅の方を一瞥してから重い口を開いた。
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