世界は一つでありながら二面である

世界は単純であり複雑である








唯我論者の誤謬 -1.或る闇の時代-





被せられた男の黒いコートからした血の匂いさえ懐かしく感じた。
そういえば自分は人間だった。

少年は呆けたままなにやら準備をしている男を見ていた。

聞いた限りでは確かバクラという名前だった。

「腹へってねぇのかよ。」

そういわれて気づいた、自分の膝の上には温かい包み。

「これ、何?」

「飯。ファーストフード。ハンバーガー。」

ああ!ハンバーガー!
そうだ、憧れの存在だったではないか!
食べたいと親に言っても「身体に悪いからあんまり食べちゃいけません!」などといわれ、
中々食べられなかった至高の品!珍品!国宝!

「食べていいの!?」

さっきまでこれ何?とか抜かしていた少年、名前は遊戯とか言ったが、
突然嬉しそうな顔をして両手でハンバーガーを掲げている。金額は105円。

「てめぇの分だ。」

謎めいているが、輝いている瞳を前に言葉を失う。何も言うまい。

遊戯は何度もその麗しい御姿を拝み、漸く口にする。
それを見ていたバクラは、安いやつだな、などと呆れるだけだった。

ある意味酷く世俗離れした少年が至福の時を過ごす間、
バクラは出発の支度をする。

車の前後の窓を拭き、換気をし、
帽子を被り、スーツを着ている。

残されたハンバーガーを半分手に持ったまま遊戯は不思議そうにみていて、
はっと思い出したようにバクラへ言った。

「なんかタクシー屋さんみたいだね。」

「タクシー屋さんじゃねぇよ。ハイヤー屋さんごっこだ。」

「はいやー?」
やっぱり世俗離れした少年はハイヤーを知らないらしいので、
タクシー屋さんよりもお給料がいいんですよ?と教えてやった。
単純なことなのに何故そんなに嬉しそうな顔をするのだろうか、
普段なら不快になるが、何故か遊戯の笑顔は違っていた。
そんなことを考えつつ、手元に目がいった。

「なんだ、あんなに喜んでた割には半分残してんのか。」
「おなか一杯で食べられないの。」

14歳の少年が、ハンバーガー一つ食べられないとは、やはり生活環境が原因だろう。
そいつは包んでしまっておけと命じてから口の周りを拭いてやって、
被せた上着をもう一度直してから小さな身体をよりかがませて座席のしたに座らせる。

「バクラ?」
「いいか、俺が言うまで何があっても隠れてろ。」
「うん。」

バクラは遊戯が隠れているのを確認して、白い手袋をはめ、車を走らせた。










凍った血が一度溶けて、逆流するかと思った。

会議中の企画の責任者であった男であり海馬重機工業副社長を務める海馬瀬人は手に持っていたペンを零した。
社長が死んだというニュースが舞い込んで来た時に。

海馬剛三郎の死、それはつまり、副社長の瀬人が次期社長となることを意味していた、だが、
周囲の予想を他所にその海馬瀬人が何時になくうろたえた。

だがそれでもこの状況下でなお瀬人は会議を続けようとしたが一先ず中断されて、
自室に戻ると詳細が届いていた。
まさか大きな声では言えないだろう、
この昼間から娼館で遊んでいたところ、娼館ごと爆発した、などと。

余りのことに瀬人の頭が収拾のつかなくなっていたことと、今日の過労がたたっていたため、
側近の磯野は会議を中止し、自宅で休むよう提言した。
瀬人はそれを渋ったが、磯野が既に車を呼んでいたことと、当人が鈍った頭では効率が悪いと判断したため、
結果磯野の言葉を受け入れることになった。ただ、自宅ではなく別宅のほうへ行くことにした。

必要なものだけを持ち、
既に玄関へ向かうがそこは報道陣で一杯だった。
社員や秘書がそれを阻んでいる間に、すでに待っていた黒塗りの車へと乗り込んだ。

スモークをかけられた窓の奥、
漸く瀬人は笑みを零したのだった。







「いやぁ、社長就任おめでとうございます、社長。」

車が走り出し、報道陣の姿が見えなくなると、
ハイヤーの運転手はにやにやしながらそう言った。
それに思わず瀬人も笑いそうになるが、必死にこらえ、
「葬式が済むまでは就任と言っていられないだろうがな。」
と己を宥めた。

「葬式ってももう荼毘に付されちまったぜ?」
「お前が殺ったんだろう?」
「爆発させたのは俺じゃねぇよ。」

確かに娼館ごと吹っ飛ばすのはバクラの殺り方ではなかった。
バクラは人の死に芸術を求める。
恐らくこの価値観は、何かしらの影響によって成り立ったと思われるが、
瀬人にとってはどうでもいいことだ。

「ではお前は仕事をしなかった、ということか?」
「いや、俺が殺って、その後、ボーンとな。」

振り向くことなく手でジェスチャーしながら説明する。
どの程度の爆発だったかは知れないが、
いずれにせよ死体が燃え、証拠が灰になっただろう。
瀬人は内から溢れ出る愉快な気持ちにクツクツと笑うが、ふと気づく。

「それにしてもなんだ、ファーストフードのにおいがする。」

ネクタイを緩めつつそう運転手に苦言をこぼすと、
半分残してたからな、と笑った。

「遊戯、出てきて良いぞ。」
「んー?ほんとに?」

瀬人の隣の座席下から声がして、隠されていた白い肌が見えた。
もぞもぞ動いた黒いコートからすっぽりと顔を出すと、
凝視していた瀬人と目がばっちり合った。
驚いたのは遊戯のほうで、
言葉にならない声で呻る。

「バクラ、こいつは・・・」
「現場で拾った。唯一の生残りってやつだ。」

ほう。

若社長は楽しそうな声をあげて、遊戯を見た。

すっぽりとはまりすぎている遊戯が足掻いているのをみて、手を貸し引き出してやると、
華奢で白く細い手足が見えた。

「名前は?」
「・・か・・・・・・・遊戯。」

瀬人は抱えあげたまま遊戯を対面になるように膝に乗せるが、
遊戯は少しも嫌がらずに、瀬人の青い目を見つめていた。

「バクラ、俺に譲」
「お断りだ。」

あっさり拒否されて、また遊戯を見る。

「うつくしい。」

ところどころ火傷の跡があるが、娼館で勤めていたであろう少年は非常に出来がよく、
白い肌も紫の瞳も愛らしかった。

「働いていたのか?」
「うん。」

毛嫌いしていた義父が通っていただけで全く行く気のしていなかった東の歓楽街の娼館に、
まさかこんなに可愛いのがいるとはな、
瀬人は少々後悔するが、それどころではなかった。

白い脚を撫でると、少年は教え込まれた通りに啼くのだ。
可愛いこえで啼くものだと、更に指を滑らせる。
唇を嘗めあげ、腰に腕を回すと、遊戯は上手い具合に応じ、僅かに腰を動かした。

「なんでこうもおエライ方々は、少年愛主義者が多いんだか、全く。」

バクラは、後部座席で始まった色事にウンザリし文句を言う。

「社会にでれば大人の汚さなどよく目に付くのはお前もわかるだろう?」

さらに女は、ステータスや背景を求めてやってくるものばかりだ。

「子どもができても都合が悪い。揉め事になっては厄介だ。」
「現実的なことでねぇ。」

言い訳としか聞こえないので適当に流し、座席は汚すなと忠告してから
不快な気持ちで乱雑にハンドルを回した。

普段なら不満をいう瀬人だが、驚いてしがみついてきた目の前の可愛らしい男の子に夢中なようだ。

「年は?」
「14・・・多分。」
「“甘美な愛の花”というところか。」

それにしても、娼館丸々爆発、炎上で、生存者一名というのも残酷なものだな。

呟いた言葉は失われた少年の命に哀れみを示しているつもりだろうが、
バックミラー越しに見える、腰を撫でつつ少年の唇を貪っている姿では信憑性が無かった。

基本的に瀬人は人嫌いなのだ。
いかに少年愛者といっても、少年が好きなのであって人が好きなのではない。
男にとって少年は愛玩の対象。儚く若い命が散ったとしても「それそこまで」の冷酷な人間だった。
彼が冷酷になる理由というのは無論あるわけだが、
彼はそれを語ろうとしないし、誰も聞く気はなかった。

「爆発した娼館はどうなったのだ?」

燃えた、とだけ答える口調は、バクラが嫌悪を感じる程の現状だったことを物語っていた。



「みんな、煙になって空に昇っていったんだ。」


解放された唇が動いたかと思うと、まるで書いてある文字をただ読んだだけのような口調で、
しかし彼が現状を見た上での感想であるには違いなかった。

「ボクも死んでたと思うよ。」

バクラが助けに来なければ。

そう言い添えて少年は男の肩越しに移り行く外の景色を見ていたが、
その眼には光なく、何も映っていない、鉛のような眼をしていた。

「遊戯、そんな眼はするものではない。お前に似合わん。」

珍しく瀬人がそう情の一つを見せれば、
遊戯は我に返ったらしく、きょとんとした愛嬌のある顔に戻った。

「それにしても、お前が男娼を拾うとはな。非難する割りに、結局その気があったということか。」

冷やかすが、バクラは動揺すら見せず、
てめぇと一緒にすんなよ、と否定した後、

「そいつの淹れる珈琲が飲みたくなっただけだ。」

と呟いた。
「言い訳をする必要はないだろう?」
「言い訳じゃあねぇよ。俺はそいつの淹れた珈琲がお気に入りでね。」

瀬人はそれこそ意外で、まさかこんな闇社会の人間が、珈琲一杯に執着するとは思えなかったのだ。

「意外だな。お前が死体以外に執着するのも、珈琲の味を見分けられるのも。」
「まぁな。俺自身もどうかしてると思うくらいだ。」
「つまり、遊戯とはそれより先に、どこかで会っていたということか。」
「・・・ッ、うん・・・。」

遊戯は与えられる刺激に身を捩らせながら、頷く。
頷く声にさえ甘さが含まれている。

どうこう言いつつ、目の前のものに甘んじている男に
運転手は皮肉をこめた。


「“万戸冨民”の産物、あんたにとっちゃ、賜物かもしんねぇけどな。」


低く、僅かに憎しみの篭った声に、
白い肌に触れていた細い指が止まった。







-------------------------------------------------

NEXT→

続くらしい。

全然狂ってないですよ?

狂った世界を書いてみたいんですが、難しい・・・。筆力がないのですよ、ええ。
消費税はまんまだしな。

社長がどう見ても狂ってるというより変態。
ショタコン仲間が欲しそうな口調は何とかなりませんかねぇ?
しかも狂わせ易そうなバクラが割りと面倒見の良いお兄さん・・・。
遊戯の口とか拭いてるし・・・だめだ、こいつ(=管理人)

ちなみに、年齢は社長→23、遊戯→14、バクラ→不明



(08.02.17)AL41